一本刀土俵入りの取的:茂平衛と伊賀越道中双六ー沼津の場:平作は,先代17代目中村勘三郎(写真)以外の舞台を観たことがありません。この2役の共通点は見た目と境遇の情けなさの今に、自分への誇りが微妙にあることで、思い切りやればよい役ではありません。
まず一本刀土俵入りは、一度破門された江戸の相撲部屋に再入門する道で朝から何も食べずに取手[とって]の宿をフラついて歩く取的[相撲取の卵]茂平衛が宿場の「おつた」姐さんにお金を貰い・握り飯を食べさせて励まして貰い、そのお礼に得意技の頭突きを見せる場面です。(写真)
次に伊賀越道中双六ー沼津の場:平作は、足腰の弱った老人が一日の金を稼ぐため沼津の宿場を通りがかった若い商人に荷物を担がせてくれと頼むが、担いだ途端よろけて爪をはがしてしまい、その商人に薬を塗って貰い、担ぎ代を払った上に荷物は商人(実は平作の息子で敵方に繋がる立場と分かる)が老人を労わって自分で担ぐ場面です。(舞台絵)
一本刀土俵入りの茂平衛は頭突き一本が身上の潔ぎよい取り口を誇りに思い、沼津の平作は、娘お米(元傾城:瀬川)の夫である和田志津馬がかたき討ちを狙う沢井股五郎の逃げた先の居場所を娘のために探ることが親の務めと思っています。
息子である18代目中村勘三郎はこの2役を殆どやらずに昨年亡くなりましたので、父から子・子から孫への中村屋(勘三郎の屋号)のお家芸伝承の危機に繋がるのではと危惧しています。
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原 (木曜日, 16 5月 2013 13:22)
歌舞伎の話は本当によく出来ていて面白いです。
お家芸ですか、、、なるほど、そうですよね。
野田 (月曜日, 20 5月 2013 13:11)
18代目勘三郎は父親の芸を超えていたと週刊誌には書いてありましたが残念ですがまだだったのですね。普段歌舞伎に接していないと当然ですがわからなかったことを教えていただき有難うございました。